2026.09.11

スポニチアネックス

3代にわたるホースマンの夢を追う姿…田村師に感謝

 【競馬人生劇場・平松さとし】今週末の菊花賞トライアル・セントライト記念(G2)を前にした9日、美浦トレセンで田村康仁元調教師のお別れ会が開かれた。

22年の菊花賞を制したアスクビクターモアと田村康仁調教師

 6月29日、現役のまま他界された田村元調教師をしのぶこの会には、栗東からも多くのホースマンが駆けつけ、故人の人柄の良さを物語っていた。

 G1・2勝馬メジャーエンブレムを育てたこの伯楽は、22年にはアスクビクターモアで菊花賞(G1)を制している。

 「元々、廣崎オーナー(馬主名義は廣崎利洋HD)が“クラシックを狙いたい”と高額で購入された馬。行きたがる面のある馬でしたが、オーナーのそんな思いを知っている田辺(裕信騎手)君や、うちのスタッフが諦めずに我慢させることを覚えさせてくれました。だからこそ勝てたんです」

 勝った直後、田村師はそう語り、さらに続けた。

 「だから田辺君やスタッフ、そしてオーナーとアスクビクターモアには感謝しかありません」

 レースから数日後には、こんな話も聞かせてくれた。

 「千代田牧場の飯田正剛代表から、一通の手紙を見せられました。父・駿仁(元調教師)が飯田代表に宛てたものでした」

 そこにはこうつづられていたという。

 「私が30歳で千代田牧場さんを訪れていた時、“康仁が生まれた”と連絡がありました。その康仁が菊花賞を勝ち、うれしくて涙が止まりません」

 当時59歳だった田村師にとっても、初めて聞く話だった。

 「祖父の仁三郎(元調教師)は第1回桜花賞を勝ちましたが、父は残念ながらクラシックを勝てないまま引退しました。だから、少しは親孝行できたのかもしれません」

 その駿仁氏は昨年、92歳で世を去った。そして、ちょうど1年後、今度は康仁師が、わずか63歳でその後を追うように天に召された。定年まであと7年。道半ばでの別れを、多くの関係者やファンが惜しんでいる。

 3代にわたるホースマンの夢を追う姿を教えてくれた田村康仁調教師に、心からの感謝と哀悼をささげたい。(フリーライター)