2026.03.06

スポニチアネックス

ターフに刻まれ続ける“国枝イズム”

 【競馬人生劇場・平松さとし】2日、都内のホテルで国枝栄調教師の引退記念パーティーが開かれた。

19年、引退した国枝師とアーモンドアイ(撮影・平松 さとし)

 馬主や調教師、騎手ら150人を超える関係者が集い、伯楽のハッピーリタイアメントを祝福した。金子真人オーナーの乾杯で幕を開け、武豊騎手らが祝辞を述べた。なかでもひときわ心に残ったのが、奥村武調教師のスピーチだった。こうした場では、主役そっちのけで自分の話に終始してしまう人も少なくない。しかし、この会の発起人の一人でもある奥村武師の語りは、終始主役への敬意にあふれ、実に秀逸だった。

 話題は、奥村武師が国枝厩舎で調教助手を務めていた頃の失敗談に及ぶ。週末の特別レースの登録を任されながら、本来出走させるはずだったレースとは異なる番組に誤って登録してしまったという。

 「それも、ダート1200メートルに登録する予定だった馬を、あろうことか芝2500メートルに入れてしまいました」

 180度異なると言っていい条件への誤登録。こっぴどく叱られることを覚悟し、国枝師に報告したという。そのときの師匠の反応を、奥村武師は声色までまねながらこう振り返った。

 「“ハーハッハッハ!”と笑ったあと“奥村、こうしたヒューマンエラーが起きないような厩舎づくりを心がけないといけないなあ……”と言われました。そして私を叱ることは一切なく“任せて大丈夫だと安心しきっていた自分の責任だ”とまでおっしゃったのです」

 どれだけ注意をしていても、人はミスをする。問題なのはミスそのものではなく、それが起きた際にリカバリーや対処ができる仕組みを整えていなかった組織の側にある。“厩舎の長”としての責任を自らに引き受ける姿勢を、師は弟子に示したのだった。

 弟子が師匠の目の前で声色をまねて語れるところにも、師弟関係の風通しの良さがにじむ。そんな温かな逸話であった。

 伯楽がまた一人、ターフを去るのは寂しい。しかし、奥村武師をはじめとする“国枝イズム”を受け継ぐホースマンたちの、これからの活躍に期待したい。 (フリーライター)