2026.03.20

シングンマイケル

先週の3月14日、阪神競馬場では阪神スプリングジャンプ(J・GⅠ)が行われ、高田潤騎手騎乗のディナースタが優勝した。2020年のこの障害重賞は1着オジュウチョウサン、2着シングンマイケルという結果だった。
16年頃から22年頃まで、障害界に長期政権を築いたのがこの時の勝者オジュウチョウサンだった。
中山グランドジャンプ(J・GⅠ)5連覇、中山大障害(J・GⅠ)3勝など数々の金字塔を打ち立てた名ジャンパーは、2018年には平地競走にも挑戦。武豊騎手を背に開成山特別、南武特別を連勝した。続く有馬記念(GⅠ)では結果こそ9着だったものの、直線では先頭をうかがうかのような見せ場充分の走りを披露。今も記憶に残っている方は多いだろう。
このように長きにわたり君臨した絶対王者には、アップトゥデイトをはじめ、次から次へと挑戦者が現れては胸を借りていった。
阪神スプリングジャンプ2着のシングンマイケルも、そんな一頭だった。
絶対王者オジュウチョウサンが平地競走に挑戦していた時期、障害界を力強く引っ張ったのがシングンマイケルだった。19年に重賞3連勝で中山大障害(J・GⅠ)を制覇。同年のJRA賞最優秀障害馬にも選出された。
しかし、そのJRA賞授賞式の場に、同馬を管理する高市圭二調教師の姿はなかった。当時、同調教師は病と闘っていたのだ。
「自分がこんな状態の時にGⅠを勝ってくれて、馬とスタッフには感謝しかありません」
そう語っていた高市調教師だったが、20年2月17日、ついに力尽きてしまう。2年半にわたる闘病の末、帰らぬ人となったのだ。
そして、その約2カ月後の4月18日。中山グランドジャンプ(J・GⅠ)に出走したシングンマイケルは、最終障害で落馬。まるで高市調教師のもとへ駆けていくかのように、星となってしまった。
きっと今も、空の上で再び2人は穏やかな時間を過ごしているのだろう。そう信じずにはいられない。
(撮影・文=平松さとし)
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