2026.03.13

手塚貴徳師レッドレナートで初出走勝利

2026年3月。手塚貴徳調教師は正式に厩舎を開業した。そしてこのタイミングで、父の手塚貴久厩舎から転厩してきたのがレッドレナートだった。貴徳調教師は言う。
「解散になった国枝栄厩舎のスタッフがうちにも来たのですが、国枝先生のところにも東京サラブレッドクラブさんの馬が入っていました。そうしたいろいろな縁が重なり、レッドレナートを任せてもらえることになりました」
レッドレナートの競馬ぶりは、父の厩舎にいた頃からチェックしていたという。
「転厩直前のレースが良い形の2着でした。だからチャンスのある馬を回していただけたという思いと、結果を出さなくてはという思い、その両方を胸に初陣に臨みました」
こうして迎えた厩舎の初出走は、3月7日の中山競馬場。最終レースの1勝クラス、芝1600メートル戦にレッドレナートを送り出した。
「返し馬から弾んでいて、状態は申し分ありませんでした。レースは調教師スタンドから見ていたのですが、逃げたのでドキドキしました」
結果は、最後まで先頭を譲らずに、半馬身差の逃げ切り勝ち。ゴールの瞬間をこう振り返る。
「勝ったのは見ていて分かりました。周囲の皆さんにもすぐ祝福していただいて、うれしかったですね」
口取り写真には、手綱を取った横山和生騎手はもちろん、父の貴久調教師も並んだ。
「和生騎手に話を聞いたら『風向きや出走馬の特徴、乗っている騎手を考えて逃げた』と言っていました。また父からは『しっかり仕上がっていただろう!?』と言われました」
これには大きくうなずくしかなかったという。
「開業直後の勝利ですから、自分のところでは良い状態をキープしただけでした。父の厩舎でしっかり仕上げてもらってから移していただいたので、感謝しかありません」
父・貴久調教師の父、つまり貴徳調教師の祖父である手塚佳彦氏もまた調教師だった。すでに廃止された足利競馬でドージマファイターなどを育てた公営の伯楽である。つまり今回の勝利は、父子三代にわたる“先頭でのゴール”でもあった。
「小さい頃の祖父は、おもちゃを買ってくれる優しいおじいちゃんでした。競馬界に入ってから会うと、話し方などに年齢を感じましたが、馬のことを話す時だけはキリッとする。それが印象的でした」
そんな祖父は開業を待たず、昨年秋に鬼籍に入った。
「祖父にも口取りに参加してほしかったのですが、間に合わず残念でした」
近いうちに墓前に報告するという貴徳調教師は、祖父から言われて忘れられない言葉をこう明かす。
「しっかり挨拶をするなど、普段の態度から人として皆に愛される調教師になりなさい」
そういえば、25年5月にはこんなことがあった。
筆者は当時、開業を待つ身の技術調教師だった手塚貴徳現調教師と都内で会っていた。偶然その同じ日の夜、円谷フィールズホールディングス株式会社代表取締役で、東京サラブレッドクラブとも関わりの深い山本英俊氏にお誘いいただき、会食する予定があった。そんな話をすると、手塚技術調教師はこう言った。
「山本会長に挨拶をさせてください」
祖父の言葉を守り、実践してきた姿勢。その積み重ねが、今回の初出走初勝利という快挙につながったのかもしれない。空の上の祖父に見守られながら、父とともにどんな調教師になっていくのか。これからも注目をしていきたい。
(撮影・文=平松さとし)