2025.12.05

クライヴブリテン調教師

今週末、中京競馬場でチャンピオンズC(GⅠ)が行われる。
 このレースは、ジャパンC(GⅠ)の“ダート版”として、世界トップクラスのダート馬を招くことを目的に、2000年にジャパンCダートの名称で創設された。ダートの強豪といえば北米勢だが、北米では一般的ではない右回りに施行場を変更するなど迷走もあり、残念ながら当初の理念は充分に果たされないまま、14年(第15回)から施行場を中京に移し、名称も現在のチャンピオンズCへ改められた。

 今年も含め、いまでは海外からの参戦馬はほとんど見られない。しかし創設期には少数ながら遠征馬の姿があった。ホイットニーS(GⅠ)とウッドワードS(GⅠ)を連勝中だったリドパレスが来日した際(結果は8着)には、大いに驚かされたものだし、第4回ではアメリカのフリートストリートダンサーが優勝している。
 中には、芝を主戦場とするヨーロッパから挑戦した変わり種もいた。07年のキャンディデートもその一頭で、同馬を管理したのは親日家としても知られるクライヴ・ブリテン調教師だった。
 すでに現役を退いたブリテン調教師だが、私はかつてイギリスのニューマーケットにある彼の厩舎を何度も訪ねた。調教もよく見学させてもらったが、その方法は少し独特だった。夜明け前の真っ暗闇の中、馬場へと入れ、ほぼ視界が利かない状態で追い切りを行うのだ。乗り手のヘルメットには小さな電灯が付いているものの、馬体はおろか脚色すら分からず、外から聞こえるのは蹄音だけ。当然、調教師にも見えていないはずだと思い尋ねると、彼はこう答えた。
 「姿は見えなくても、毎日蹄音を聞いていると、調子の良し悪しが分かるようになるんです」
 正直「本当だろうか?」と思ったものだが、時計や馬体重などの数値にとらわれないのがヨーロッパ流でもある。科学的データに頼らない分、プロとしての感覚を極限まで研ぎ澄ませているのだろう。

 競馬とは縁のない家庭に生まれながら「大きな体なのに人に従順な馬に惹かれた」という彼は、見習い騎手を経て一時は英国陸軍に入隊。しかし馬への思いを断ち切れず、厩務員、ライダーを務めたのち、37歳で調教師となった。
 85年にはペブルスでブリーダーズCターフ(GⅠ)を制し、翌86年にはジュピターアイランドをジャパンCに送り込むと見事に優勝。その後もカルティエ賞年度代表馬に選定されたユーザーフレンドリーを筆頭に、サイエダティ、ルソー、ウォーサンなど名馬を携えて来日を重ねた。
 近年、海外から日本へ挑戦する馬は減りつつあり、寂しさを覚えることも多い。だからこそ、ブリテン調教師のように、日本の競馬に情熱を持ち、果敢に挑んでくれる人物が再び現れてくれることを、心から願っている。
(撮影・文=平松さとし)
※無料コンテンツにつきクラブには拘らない記事となっております