2025.08.08

三浦皇成騎手

今年でデビュー18年目を迎えた三浦皇成騎手。デビューした2008年には、いきなり91もの勝ち星を挙げ、それまで武豊騎手が長らく保持してきたJRAの新人騎手最多勝記録を大幅に塗り替えてみせた。しかも、その年には重賞制覇まで果たしており、まさに彗星の如く競馬界に現れた若武者だった。
 そんな三浦騎手は、2年目の今くらいの時期に、早くも世界へと飛び出していった。向かった先は、馬の街として知られる英国ニューマーケット。約1カ月の滞在で初騎乗初勝利、さらには2戦目も勝利し、イギリスでのデビューを見事な2連勝で飾ってみせた。
 そして3年目の2010年もこのくらいの時期に渡英。滞在期間をほぼ倍の2カ月に延ばし、まさに「馬漬け」の日々を送った。朝は調教、午後からはトレーニングに汗を流し、更には厩舎作業にも参加するという毎日。その充実した生活の中で「日本では気付けなかった事を、たくさん発見できました」と語っていた。
 では、具体的にどんな事だったのか? 20歳だった三浦騎手は、こう答えていた。
 「日本ではデビューからありがたいことに多くのレースに乗せていただいて、たくさん勝たせてもらっています。でも、こちら(イギリス)では、1つレースに乗るだけでも本当に苦労しています」
 そんな逆境の中にあえて身を置くことで、彼の中にハングリー精神が育まれているのがよく分かった。
 例えば、現地では後にアルピニスタで凱旋門賞(GⅠ)を制するマーク・プレスコット調教師の厩舎に身を寄せていたのだが、その初日、午後にはさっそく、近隣のクライヴ・ブリテン調教師(引退)の厩舎を訪れ、挨拶に出向いていた。
 その場でブリテン調教師から「明後日あたりから、うちの厩舎の調教にも乗りますか?」と誘いを受けた。プレスコット厩舎の調教開始は毎朝6時だったが、ブリテン厩舎は5時開始。つまり、最初の1時間なら乗る事が出来る。そこで「お願いします」と即答した三浦騎手だったが、なおも尋ねた。
 「どうして明日からではなく、明後日からなんですか?」
 するとブリテン師は笑ってこう返した。
 「到着したばかりなんだろう? 1日くらいゆっくりした方がいいじゃないか」
 だが、その提案にも若き三浦騎手は即座に首を振り、強く申し出た。
 「明日から乗せてください!!」
 また、前年に取り組んでいた午後の厩舎作業については、プレスコット調教師が「今年はもうやらなくていいよ」と気遣ってくれていた。寝ワラ上げや飼い葉の準備といった作業は、直接的に騎乗技術の向上に繋がるわけではない。だから、言葉通り、やらなければそれで済んだ話だ。
 しかし三浦騎手は、ここでも自ら動いた。
 「遊びに来ているわけじゃありませんから。厩舎にいて、現地のホースマンたちと一緒にいれば、もしかしたら何か掴めるかもしれない。そう思って『やらせてください』と頼みました」
 「厩務員さんに『何でも手伝いますよ』と伝えたら、やたらと重い荷物ばかり運ばされて、重労働ばっかりでしたけどね……」と笑っていた彼の表情が、今でも忘れられない。
 あれから、もう15年もの歳月が流れた。大怪我に見舞われた時期もあり、3年目の遠征を最後に長期での海外修業は行われていない。しかし、現在35歳となった三浦騎手と最近話した際「またああいう“ひと皮むける”ような遠征に挑戦したいという気持ちはまだありますよ」と話してくれた。
 競馬への情熱は、今も少しも薄れていない。会話の端々からも、レースでの騎乗ぶりからも、それは火を見るより明らかだ。そして、それはすなわち現在の自分の成績に、決して満足していないことの裏返しでもあるのだろう。
 中堅からベテランの域に差し掛かって来た彼の更なる飛躍を、心から期待している。

(撮影・文=平松さとし)
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