2025.07.31
ディアドラのナッソーS制覇

現在、イギリスでは「グロリアスグッドウッド」と呼ばれる華やかな競馬開催が行われている。会場となっているのは、イギリスでも最も美しい競馬場のひとつとして知られるグッドウッド競馬場。初夏の爽やかな気候の中で繰り広げられるこの5日間のミーティングは、競馬発祥の国ならではの風情を感じさせる伝統行事のひとつになっている。
この開催中には複数の重賞レースが組まれているが、その中でもひときわ注目を集めるGⅠレースがナッソーSだ。そして、このナッソーSで2019年、歴史に名を刻んだのが日本馬ディアドラ(栗東・橋田満厩舎)だった。
芝9ハロン197ヤード、約1980メートルで争われる牝馬限定のこのGⅠには、その年9頭が出走していた。中にはアイルランド1000ギニー(GⅠ)を制したハモーサ、フランスのオークスにあたるディアヌ賞(GⅠ)勝ち馬チャンネルといった強豪牝馬たちも名を連ねていた。そのため前年の秋華賞馬ディアドラの評価は、7番人気という低いものにとどまっていた。
だが、そんな前評判を覆したのが、手綱を託されたオイシン・マーフィー騎手とディアドラ自身だった。4番枠から好スタートを切ると、序盤は後方3番手の内ラチ沿いでじっくりと脚をためた。そして、60キロの斤量を背負いながら道中で徐々に進出を開始。直線に向いてからはしなやかな伸び脚を見せ、ラスト100メートルでついに先頭へと躍り出た。そして、2着メダーイーに1馬身1/4差をつけ、グッドウッドのゴール板を真っ先に駆け抜けてみせたのだった。
ディアドラ自身が持つポテンシャルの高さ、そして中距離戦での日本馬の強さもさることながら、勝利を後押しした存在として忘れてはならないのが、現地厩舎によるサポート体制だった。
ディアドラが滞在していたのは、イギリスでも屈指の競馬の街・ニューマーケット。そこで“アビントンプレイス”という厩舎に入った。アビントンプレイスというのは屋号のようなもので、イギリスでは厩舎にこういった愛称が付けられるのはポピュラー。当時、アビントンプレイスには女性調教師のジェーン・チャプルハイアム調教師が入っていた。この彼女こそが、ディアドラの海外GⅠ初制覇を陰で支えてくれた恩人の一人だったのである。
ナッソーSが行われる約2週間前、ディアドラは本番の舞台となるグッドウッド競馬場でスクーリング(下見)を行った。レース当日と同様に装鞍所、パドック、そして本馬場までを実際に下見させる入念な予行演習。この時、馬運車で一緒に競馬場へ向かったのが、チャプルハイアム厩舎の所属馬だった。しかも、その馬はグロリアスグッドウッド開催に出走予定のない馬。それでもディアドラのスクーリングのためだけに、わざわざ帯同してくれたのだ。
更には、中間の調教でも、同厩舎に預けられていたディープインパクト産駒のラヴソーディープが付き添い役を務めてくれる事もあった。こうした細やかな気配りと惜しまぬ支援が、日本馬によるグロリアスグッドウッドでのGⅠ初勝利という快挙へと結実したのである。
ちなみに、ナッソーSを勝ちアビントンプレイスに戻ってきたディアドラを迎えたのは、チャプルハイアム調教師や厩舎スタッフたちからの温かい祝福の言葉が並んだ寄せ書きだったという。海を越えた勝利の裏には、こうした友情と信頼に満ちた舞台裏の物語があったのだった。
(撮影・文=平松さとし)
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