2026.05.27
スポニチアネックス
【ダービー】福永師は勝ち方を知っている アスクエジンバラで初挑戦「ここに来てグッと良くなる馬が強い」
競馬の祭典「第93回日本ダービー」(31日、東京)まであと4日に迫った。騎手時代にダービー3勝を挙げた福永祐一師(49)は、開業3年目にしてアスクエジンバラで初挑戦。皐月賞で12番人気4着と健闘した管理馬に、世代の頂点に立つ「資格あり」と期待する。騎手&調教師双方での同レース制覇となれば、橋本輝雄さん(故人)以来39年ぶり4人目の偉業だ。
福永師は自身を「特別な2世」と語る。父は天才騎手と呼ばれた洋一さんだが、「幼少期は全く競馬に興味がなかった」。ところが、16歳で競馬学校に入学すると夢中になった。「学校で競馬にハマって、今もハマっている」と笑う。
ダービーを「勲章」と表現する。「全てのホースマンが目標にする。人々の記憶に残るレース」。重みをその身で体感したのは98年キングヘイロー(2番人気14着)だった。初騎乗の21歳は「ダービーにのみ込まれた」。確かな手応えがあった13年エピファネイア(2着)もゴール寸前でかわされ、涙をのんだ。程なく“福永祐一はダービーを勝ったことがない”と言われるようになった。
8年前、平成最後のダービー。ワグネリアンで痛恨の17番枠を引くと、いよいよ「このまま勝てずに引退するのかも」と弱音がよぎった。折れかけた心を救ったのもワグネリアンだった。外枠の不利を覆し、19度目の挑戦で戴冠。「ダービーを勝った経験が全てを変えた。以降のG1は見え方が違った」。20年コントレイル、21年シャフリヤール。無縁を覚悟したレースを4年間で3度も勝った。
23年に騎手を引退、翌年から調教師として厩舎を開業。立場を変えても、勲章が持つ価値は変わらない。「どういう馬が勝ち得るのかを知っている経験則は大きい」と胸を張る。「ダービーはここに来て、グッと良くなる馬が強い」と明かす。
開業3年目で競馬の祭典に初めて送り出すアスクエジンバラを、ダービー馬になる「資格がある」と評価。クラシック3冠初戦の皐月賞は4着に敗れたが「距離が延びていい操縦性の高さがある。グッと上がってくるという意味では、岩田(康)君が“凄く良くなっている”と言っている」と上昇ぶりに目を細めた。
調教メニューはタッグを組む岩田康誠(52)に全権委任。これも騎手時代の経験則から導き出したタクトだ。「岩田君の感覚が厩舎のいいピースになっている。ディープブリランテ(12年)で勝った経験があって、ずっと調教に乗って、結果を出してくれて。何も言うことがない」と一蓮托生(いちれんたくしょう)で歩む。
父・洋一さんの大ファンである廣崎利洋オーナーに託されたエジンバラで挑むダービー。騎手時代と同じく3年目に“初出場”の機会が巡ってきた。「レース前だからイレ込むとかはない。何回、勝ってると思ってるねん(笑い)」。ホースマンの勲章がもたらす心のゆとりは、戦国ダービーにおいて大きな武器になる。福永祐一はダービーの勝ち方を知っている。
○…これまで騎手と調教師双方でダービーを制したのは3人(騎手・調教師兼業で制した中島時一=37年ヒサトモ、中村広=38年スゲヌマの2人は除く)。福永師が勝てば87年メリーナイスでダービーを制した橋本輝雄師以来、39年ぶりの快挙となる。また、調教師のダービー初出走Vは12人、21世紀以降では07年角居勝彦師(ウオッカ)、24年安田翔伍師(ダノンデサイル)の2人が達成している。
◇福永 祐一(ふくなが・ゆういち)1976年(昭51)12月9日生まれ、滋賀県栗東市出身の49歳。父は福永洋一元騎手、妻は元フジテレビアナウンサー松尾翠さん。96年に栗東・北橋修二厩舎所属で騎手デビュー。99年桜花賞(プリモディーネ)でG1初制覇。22年12月調教師免許試験に合格、23年2月に騎手引退。JRA通算1万9497戦2636勝(G134勝)。24年3月に厩舎を開業し、同年4月7日福島8Rマルカブリッツで初勝利を挙げた。調教師成績は493戦65勝(重賞5勝)。