2026.03.06
スポニチアネックス
橋田宜長師 3代夢つなぐ「世界の架け橋になりたい」新規開業トレーナー デビュー戦へ決意新たに
東西トレセンで新たに7人の調教師が厩舎を開業(4日付)した。祖父の俊三氏、父の満氏に続いて父子3代でトレーナーになった栗東の橋田宜長師(37)は早稲田大学卒の高学歴。「自分は本当に人に恵まれていると思います」と育った環境に感謝する。厩舎の初陣は土曜阪神12Rでミルトライディーンを送り出す。
夢と希望を胸に大きな一歩を踏み出す。祖父の俊三氏、父の満氏と同じ調教師の道を歩み始めた橋田宜長師は「たくさんの方々に支えられて、この日(開業)を迎えられたことがとってもうれしいです。(前日は)もっと寝られない、もっと緊張して…と思っていたけど、忙しさで疲れて爆睡していました」と晴れやかな表情を浮かべた。
サイレンススズカやアドマイヤベガなど数多くの名馬を管理した父の厩舎では17年秋華賞馬ディアドラとともに欧州で長期滞在を経験した。父は「知的好奇心があった人」で「学習し続ける力」を学んだ。23年2月の定年解散に伴い、中竹厩舎に移ると翌年の調教師試験で合格。その後は厩舎に籍を置きながら友道厩舎、堀厩舎、杉山佳厩舎、河嶋厩舎で研さんを積んだ。「いろいろな先生のやり方を間近で学べる機会はあまりない。それぞれ結果を残されているので刺激を受けたし、自分もいつか見本になる先生を目指したいと思いました」と感謝の気持ちを伝える。
他にも香港のピエール・ン師、米国の名伯楽であるケニー・マクピーク師の下で研修した。「マクピークさんにキーンランド(のセリ)で馬の見方を教えてもらいました。自分でソーピードアンナ(24年の全米年度代表馬)やミスティックダン(24年ケンタッキーダービー馬)を選ばれて、その方に手取り足取りで教えてもらったことは自分の中で財産になっています」と目を輝かせる。助手時代、長く世話になった海外に対する思いは熱く、「今後も世界とのつながりは深めていきたい。世界の架け橋になりたい。世界中の方々が日本の競馬に関心を持ち出していると思うので、自分も何かしらの役割を果たしたいと思っています」と意気込みを口にした。
それぞれ個性が違う馬たちと向き合い、その馬にとっての完成形を目指す姿勢は立場が変わっても同じ。馬づくりを学校の先生と例える早稲田大学卒の若きトレーナーは「馬が主役のスポーツ。人間のことで馬に支障が出ない方がいいですし、コミュニケーションは円滑に。今は外厩の施設も(働いている)人も素晴らしいので、いろいろな方々とコミュニケーションを取っていけば、素晴らしいレベルで馬の健全な成長につなげられると思っています」と馬ファーストを掲げた。青色の厩舎服には満氏、中竹師と同じ四つ葉のマーク。師匠2人の背中を追って、長い物語が始まった。
○…柴田師はシンボリ牧場を手がけたオーナーブリーダーの祖父を持つ。厩舎カラーは深緑と白のスタイリッシュなデザインを採用。「スタッフにダサいなと思われないようにしました」と笑いを誘うなど明るい雰囲気が伝わった。「チーム一丸となって同じ方向を向いて強い馬をつくっていきたい」と決意を新たにした。初陣は土曜阪神12Rのアーロッタレット。佐々木厩舎でも稽古をつけていた赤池助手は「輸送が続いていたので馬体回復に重点を置いていた。順調に乗り込めている。まだ細さはあるが動き自体は問題ない」と気合十分だ。
◇橋田 宜長(はしだ・よしたけ)1988年(昭63)10月4日生まれ、滋賀県出身の37歳。栗東の調教師だった父・満氏の下で15年から調教助手。ディアドラの海外7カ国転戦(19年春から20年秋)にも携わった。23年、父の定年引退による厩舎解散に伴って中竹厩舎へ。24年に調教師試験合格。思い出の馬はスズカロング。「幼稚園、小学校の同級生だった藤岡康太さんと唯一、一緒に勝てた馬でした」。