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2026.10.26

スポニチアネックス

【根本康広 我が道25】丸山元気がGI勝利に必要なもの チャンスが訪れた時に頭で考えるのではなく…

 2人目の弟子は丸山元気です。お父さん(丸山侯彦)は公営・高崎競馬のリーディングジョッキー。騎手の家系でした。お父さんから「うちの元気です」と紹介された時に、本人がコースのラチ(柵)をくぐりながら斜めの姿勢で「よろしくお願いしまーす!」って来ました。すると「そんな頼み方があるか!ちゃんと正面を向いて頭を下げろ」と怒られていました。凄く明るくていいやつ。でも、妻には「元気くんに“へらへらとニコニコは違うのよ”と教えなさい」と言われました(笑い)。

厩舎でポーズをとる根本厩舎所属騎手の(左から)野中悠太郎、藤田菜七子、丸山元気

 5人の弟子の中で元気が一番私に似ています。普段は強気でブイブイやっているけど、実は心臓が小さくて大舞台で身構えてしまう。そんなところもそっくりです。2年目でいきなりJRA92勝をマーク。やはり名騎手だったお父さん譲りだと思いました。デビュー当初から技術には光るものがありました。

 横から見ていると後輩たちへの接し方も面白かった。元気は凄くゲートが上手で武器にしています。次に弟子で来た悠太郎(野中)がそのコツを聞いてもなかなか教えなかった。ただ、その後に入ってきた菜七子(藤田)が質問すると、すぐにアドバイスしたんです。悠太郎は「なんで菜七子にはすぐ教えるんですか!自分と違うじゃないですか」と怒ります。すると「だって菜七子は可愛いもんな。何でも教えるからな」って(笑い)。妹弟子には甘くなっていました。

 同期にはデアリングタクトで牝馬3冠(20年)を達成している松山弘平くんがいます。重賞を先に勝ったのは元気でした(11年新潟大賞典セイクリッドバレー)。その時、松山くんが私の所に来ました。あのふわふわとした雰囲気で「せんせー、元気が勝って良かったですね。僕も頑張ります」と言っていたのが懐かしい。そんな彼が今ではトップジョッキーに成長しました。

 元気はまだG1を勝てていません。これから先、いい馬と巡り合った時にしっかりと結果を出せる準備をしておいてほしい。チャンスが訪れた時に頭で考えるのではなく、体で自然とパフォーマンスを発揮できるように。私もバローネターフなど騎手時代に思わぬチャンスがやってくることがありましたが、その時に焦り出しても遅いんです。ここ数年でも津村明秀くん、三浦皇成くんとキャリアを重ねた騎手がG1初勝利を決めました。“その時”のために今、何をすればいいか。何をしてはいけないのか。考えながら日々を過ごしてほしいと思っています。

 ◇根本 康広(ねもと・やすひろ)1956年(昭31)1月31日生まれ、東京都出身の70歳。77年3月に騎手デビュー。87年日本ダービー(メリーナイス)などG13勝を含め重賞14勝。障害戦でも活躍し、79年にはバローネターフで中山大障害を春秋連覇。JRA通算2633戦235勝。97年に騎手を引退し調教師に転身。98年に開業し通算6420戦218勝。藤田菜七子元騎手ら5人の弟子を育てる。