2026.10.07

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【根本康広 我が道7】印象的な師匠の奥さん “誰でも乗れる”スクーターが…

 師匠・橋本輝雄調教師の奥さんも印象的な人でした。夫妻にお子さんはいらっしゃらなかった。ただ、弟子たちを実の子供のようにというわけではなく、厳しく指導されましたね。以前にも触れましたが、当時は下乗りといって、厩舎仕事をしながら騎手を目指すような人たちがたくさんいました。そこに厩務員や助手も交じったグループがあって、悪いことをするんですよ。奥さんからは「○○厩舎の○○とは決して付き合ってはいけません」と何人もの名前を挙げて、きつく言われていました。

師匠の橋本輝雄調教師には感謝しかありません

 東府中の吉野という八百屋さんによくおつかいに行かされたんですが、奥さんは「トマトは赤からず、青からず。キュウリは曲がってないやつ。大根は中に“す”が入ってないやつ」と言うんです。「大根はお願いして一度割ってもらいなさい」と言われても16歳の自分は分かりませんよ。今だから話せるけど、兄弟子の星野さんも厩舎に女性を連れ込んで大目玉を食らったことがある。後日、バラの花束を持って謝りに行っているのを見て「謝る時はこうするんだ」と学びましたね。

 当時、ヤマハがパッソルというスクーターを出して、テレビCMでは八千草薫さんが「私にも乗れます。やさしいから乗っています」と宣伝していました。それを見た奥さんが「根本、これに乗ってみたい。○○厩舎の奥さんが買ったみたいだから借りてきて」と言うんです。

 事情を説明して新品のスクーターを借りてきましたよ。奥さんがまたがって私が後ろを持つんですけど、アクセルを吹かしてビューッと発進したんです。「根本、怖い!押さえなさい!」と叫ばれても自分は力がないし、奥さんもふくよかだから制御できず。ガシャーンとこけました。「誰でも乗れるって話だったじゃない!」と凄く怒っているけど、後から聞けば奥さんは自転車にも乗れないらしく、そんな人がスクーターに乗れるわけないですよ…。

 ザラザラの傷が付いたスクーターを返しに行くのも私です。だけど、貸してくれた厩舎の奥さまは「大丈夫?ケガはなかった?」と怒るどころかずっとこっちの心配をしてくれました。同じ“奥さん”でもこんなに違うのかと思いましたね(笑い)。

 そうやって橋本厩舎で馬乗り以外のこともたくさん学びながら、いよいよ騎手になるための卒業試験が迫っていました。言ってしまえば、自分たちのような長期講習生はほぼ落ちない試験です。馬術に関してはある程度自信ができていたし、実際に試験の後は「受かったな」と手応えがありました。だけど、師匠から「根本、今年の試験は落ちるからな」と言われました。どういう意味かすぐには理解できませんでした。ここからの数年間、私にとって最もつらい時期がやってくることになります。

 ◇根本 康広(ねもと・やすひろ)1956年(昭31)1月31日生まれ、東京都出身の70歳。77年3月に騎手デビュー。87年日本ダービー(メリーナイス)などG13勝を含め重賞14勝。障害戦でも活躍し、79年にはバローネターフで中山大障害を春秋連覇。JRA通算2633戦235勝。97年に騎手を引退し調教師に転身。98年に開業し通算6420戦218勝。藤田菜七子元騎手ら5人の弟子を育てる。