• トップページ
  • Topics & News
  • 【根本康広 我が道4】入所式当日に「無理だ、帰ろう」 夜は教官に呼ばれて頭を刈られて…

2026.10.04

スポニチアネックス

【根本康広 我が道4】入所式当日に「無理だ、帰ろう」 夜は教官に呼ばれて頭を刈られて…

 入所式当日を迎えました。今ならDVDかもしれませんが、当時は8ミリビデオで投影された先輩たちの騎乗実習の映像を見ました。見た瞬間、両親に「無理だ、帰ろう」と言ったのを覚えています。さらに先輩たちを含め、同級生はみんな丸刈りだったんです。知らなかった自分だけが長い髪で悪目立ちしている。「なんだ、あいつは」となりますし、かなり嫌だったです。その日の夜、教官に呼ばれて頭を刈られました。

競馬学校時代の身体測定(右奥が私)

 寮は後に2人部屋になったけど、最初は大部屋での雑魚寝です。同期は11人。加藤和宏、木藤隆行、佐々木晶三、西園正都、田所清広、池添兼雄、小西一男らがいます。騎手、調教師として活躍した人が多かったです。既に厩舎で実習をしていた人もいれば、自分のように馬に乗った経験がない人もいました。初日の夜、消灯した後に誰かが「お母ちゃん…」ってすすり泣く声が聞こえてくるんです。自分も泣きたかった。でも、先に泣かれたら泣けないじゃないですか。「情けないな」と思ったし、むしろ奮い立つような気持ちが湧いてきました。

 翌日からは早速、実習です。馬の無口(馬の頭部につける馬具で引き馬やつなぎ留めに使用)をどうつけるかが分からない。そもそも背が低いから、なかなか馬の口にかけられない。何とか厩務員さんに手伝ってもらっても、その後は逃がしちゃいけないから柱にがんじがらめに結びつけちゃって。それを見た教官に後ろから「バカヤロー!」と怒鳴られる。ソッパ(つながれた馬が暴れること)した時に馬が突っ張ってケガをしないようにする結び方があるんです。そういう初歩的なことから学びだしました。

 馬乗りは軽乗鞍(取っ手付きの鞍)でぐるぐると回ることから。初めて見た馬の上からの景色はそれは高く見えましたね。馬が動く時の反動にも驚きました。キャンター(駈歩=かけあし)だと楽なんだけど、ダク(速歩=はやあし)の反動が凄くてバランスを取るのが難しかった。池添は力強さがあったし、加藤も器械体操をやっていたからバランスを取れていた。佐々木も鞍はまりが良かった。でも、そんな同期たちを見ても焦りはなかったです。「いつでもやめてやる。ダメなら(家業の)古本店をやる」という気持ちがありましたから。

 練習ではとにかくたくさん落馬しました。でも骨折のような大きなケガだけはしなかったです。馬から落ちたくなくてしがみつくと大きなケガにもつながりますが、自分は力がないから諦めてポロッと落ちていた。それだから良かったという話ではないんです。今の競馬学校には模擬レースもできる競走馬がいますが、当時は乗馬用のような年寄りの馬ばかりですからね(笑い)。そういう馬たちになめられていました。

 ◇根本 康広(ねもと・やすひろ)1956年(昭31)1月31日生まれ、東京都出身の70歳。77年3月に騎手デビュー。87年日本ダービー(メリーナイス)などG13勝を含め重賞14勝。障害戦でも活躍し、79年にはバローネターフで中山大障害を春秋連覇。JRA通算2633戦235勝。97年に騎手を引退し調教師に転身。98年に開業し通算6420戦218勝。藤田菜七子元騎手ら5人の弟子を育てる。