2026.02.26

スポニチアネックス

“国枝改革”実った美浦新坂路 “西高東低”に抱いた危機感

 【さらば伯楽 国枝栄師 栄翁が馬】3月3日付で定年を迎える国枝栄調教師(70)の業績を振り返る連載「栄翁が馬」。4回目は「改革」に焦点を当てた。関西馬が勝利数、獲得賞金で関東馬を上回る“西高東低”の時代に東の伯楽が訴えたのは…。

23年、美浦にオープンした新しい坂路

 優れた改革案は強い危機感から生まれるという。「私がJRAに訴えてきたことの多くは実現できていないが、坂路だけはようやく栗東並みになったよ」。ラストウイーク14頭出しで37年間の調教師生活を締めくくる国枝師。その全ての追い切りを見届けると、調教スタンドから雨に煙る坂路に視線を送った。

 トレセンの東西格差に危機感を抱き、調教施設の東西同一化などの改革案(通称・国枝レポート)をJRAに提出したのは2006年。その柱となったのが坂路である。85年、栗東トレセンに坂路が完成。その3年後には“東高西低”の勢力図が“西高東低”へ逆転し、年を追うごとに東西差はさらに広がった。93年には美浦にも坂路ができたが、規模(全長800メートル、高低差17メートル)は栗東(全長1085メートル、高低差32メートル)よりも小さく、調教効果も期待できない。

 「関西馬に勝つには関西馬になり切ればいい」。国枝師は関西遠征の管理馬を栗東に滞在させて坂路調教を積んだ。その第1号になったのがアパパネの母ソルティビッド。02年阪神JFの前に1カ月滞在した。09年にはアパパネを阪神JF前の3週間、翌年春に1カ月半、秋には2カ月余も“栗東留学”させて牝馬3冠制覇。栗東トレセンの外れにあった“関東村”と呼ばれた出張馬房で担当の福田助手と汗を流す日々…。管理馬一頭ごとにまとめた調教日誌にはその記録が残されている。

 「アパパネは母譲りのおとなしくて扱いやすい、芯の強い馬だった。栗東坂路効果の裏付けにもなってくれた」。後に除外馬問題などJRAへの提言をまとめた自著「覚悟の競馬論」(講談社現代新書)にこう記した。「まあいいや」が口癖のおおらかな性格でも競馬主催者や批判精神を欠いたメディアの冷眼傍観は看過できない。古くは徳川の幕政にも公然と意見した直参旗本・大久保彦左衛門、芸能界ならマツコ・デラックスのような、競馬界の“ご意見番”だった。

 23年、栗東を上回る全長1200メートル、高低差33メートルの坂路が美浦にオープン。身をもって坂路効果を明らかにした提言は無駄にならなかった。アパパネ、アーモンドアイなど名牝の血統とともに坂路という大きな置き土産を残した伯楽。「引退前になっていまさらだけど、先日もJRAに言うべきこと(改革案)を少し言っておいたよ」。優れた改革案は強い危機感から生まれる。西高東低の逆風が生んだ秀逸な改革者だった。

 ◇国枝 栄(くにえだ・さかえ)1955年(昭30)4月14日生まれ、岐阜県北方町出身の70歳。東京農工大卒。78年、美浦・山崎彰義厩舎の調教助手に。89年、調教師免許取得、90年開業。99年スプリンターズS(ブラックホーク)でG1初勝利。07年にマツリダゴッホで有馬記念制覇。10年アパパネ、18年アーモンドアイで牝馬3冠達成。JRA通算9516戦1121勝(25日現在)。