2026.11.06

プリンスオブペンザンスのメルボルンC

今年のメルボルンC(GⅠ)はポイントオブローが優勝して幕を閉じた。毎年11月の第一火曜日、現地時間の午後3時に発走するこのレースは、オーストラリアでは国民的行事とされる大レースだ。舞台となるフレミントン競馬場があるヴィクトリア州では「メルボルンCデー」という祝日になるほどである。ただ、日本では平日にあたることが多く、3200メートルの多頭数で、しかもハンデ戦という条件もあって、凱旋門賞(GⅠ)やブリーダーズカップの各レースに比べると、どうしても注目度は低くなる。
 しかし現地では一大イベントであり、結果は競馬の枠を超えた大ニュースとして国中に報じられる。
 中でも、11年前の2015年にこのレースを制したプリンスオブペンザンスのストーリーは、後に映画化されるほどの話題となった。日本でも公開されたので、ご存じの方も多いだろう。手綱を取ったのは女性のミシェル・ペイン騎手で、史上初めてメルボルンCを勝った女性騎手となった。
 24頭立ての23番人気という伏兵だったこの馬が最初に注目を浴びたのは、枠順抽選会の場だった。
 厩務員が「1番枠を引く!」と言って登壇すると、一緒に上がったペイン騎手は「最内より2番のほうが良いから、慎重に引いて」と伝えたという。ところが厩務員は、その忠告を聞くか聞かないかのうちに、いきなりくじを引いてしまった。唖然とする彼女に、さらに驚きが待っていた。「やったー!!」と叫んで左手を高々と挙げた彼の手には、「1番」のくじが握られていたのだ。
 この厩務員こそ、ペイン騎手の2歳年上の兄で、ダウン症のあるスティーヴ・ペインさんだった。彼は他のスタッフと同じように、厩務員として働いていたのである。
 迎えた本番、プリンスオブペンザンスはペイン騎手に導かれて道中は内ラチ沿いを追走し、最後の直線ではインからグイッと抜け出した。こうして、史上初めてメルボルンCを制した女性騎手が誕生すると、表彰台では兄と共に喜びを分かち合ったのだった。
 ダウン症のある男性が厩務員として支え、女性ジョッキーが国で最も大きなレースを制する。日本よりも様々な意味でオープンになっていると思われるオーストラリアでも、この年の結果は大きな話題となり、今でも語り継がれているのだった。
(撮影・文=平松さとし)
※無料コンテンツにつきクラブには拘らない記事となっております。