2024.04.22

トミー・ベリー騎手、ネイサン騎手

日本では天皇賞・春(GⅠ)の行われる今週末、香港では3つのGⅠレースがスタートを切る。いずれも日本馬が出走を予定している1200メートルのチェアマンズスプリント、1600メートルのチャンピオンズマイル、そして2000メートルのクイーンエリザベスⅡ世カップ(以下、QEⅡ)だ。
 中でもメインとなるQEⅡを、2013年にはミリタリーアタックで、翌14年にはデザインズオンロームで連覇したのがトミー・ベリー騎手だ。
 ベリー騎手は1991年1月、オーストラリアで双子の兄として生を受けた。父が調教師だった事もあり、弟と共に騎手となった。
 「ネイサン(弟)とは仲が良く、しょっちゅう競馬の話をしながら切磋琢磨をしていました」
 GⅠジョッキーとなり、順風満帆だったトミー・ベリー騎手は、13年のある日、いきなり香港での騎乗依頼を受けた。
 「香港で開業するジョン・ムーア調教師からある日、突然、電話がかかってきて『乗ってほしい』と言っていただけました」
 これには弟のネイサン騎手が「僕が行きたい!」と羨んだそうだ。
 こうして渡った香港で、トミー・ベリー騎手はいきなりQEⅡを優勝した。それが先述したミリタリーアタックでの最初のQEⅡ制覇だった。
 翌14年も香港に呼ばれると、まずはデザインズオンロームで香港ダービーを優勝した。
 「当時、シンガポールで乗っていたネイサンもすごく喜んでくれました」
 しかし、それからいくらもしないうちに、思いもしない不幸に襲われた。
 「ネイサンが倒れたという電話が入りました」
 調べるとノース症候群という病に侵されている事が判明。急遽、母国オーストラリアのシドニーにある大きな病院まで運ばれたという。
 「勿論、僕もすぐに香港を後にして、シドニーへ駆けつけました」
 取るものも取らずに辿り着いた病院だったが、そこで待ち受けていたのは耳を疑う報告だった。
 「4月3日、僕等家族が見守る中で、ネイサンは息を引き取りました」
 当時を振り返るトミー・ベリー騎手は「今でも人生で最も辛い時期だった」と項垂れて語る。
 それでも、そんなショックの中、オーストラリアには留まらず、香港へ戻る道を選んだ。そして、戻った後の最初の開催日に、デザインズオンロームを駆ってQEⅡを優勝。ゴール後には右手のひと指し指で天を指し、空の上へ行った弟に、勝利を報告した。
 「香港へ戻るには葛藤がありました。でも、香港で乗りたがっていたネイサンは、もう乗る事が出来ない。乗ろうと思えば乗れる僕が、行かないのはネイサンに申し訳ないと思い、戻る事にしました」
 こうして勝ったのだから、ネイサン騎手のお導きがあったという事なのだろう。
 さて、皆さんご存じの通り、4月6日の阪神競馬場で落馬した藤岡康太騎手が残念ながら他界した。人間的にも素晴らしく、将来有望なジョッキーでもあっただけに、残念でならない。合掌すると共に、残された全騎手、全馬の無事を願いつつ、志半ばで逝ってしまった弟の想いを受けて乗り続けるであろう兄・藤岡佑介騎手を応援したい。
(撮影・文=平松さとし)

※無料コンテンツにつきクラブ馬には拘らない記事となっております。