2026.06.10
スポニチアネックス
【宝塚記念】林徹師 ミクニインスパイアとたどりついた大舞台
春のG1シリーズの水曜企画「G1 追Q!探Q!」は担当記者が出走馬の陣営に聞きたかった質問をぶつけて本音に迫る。上半期を締めくくるグランプリ「第67回宝塚記念」は東京本社の万哲こと小田哲也(58)が担当。G1初挑戦のミクニインスパイアを管理する林徹師(47)に思いを語ってもらった。昨年7月の初白星から1年足らずで挑む最高峰舞台。「期待と個性の把握」「大飛躍」「挑戦の意義」の3テーマを問う。
【期待と個性の把握】ミクニインスパイアは2歳秋の24年11月21日、美浦に入厩した。兄に南関東所属で14年京成杯を制したプレイアンドリアルや、現役オープンで活躍するエエヤン(23年ニュージーランドT優勝)がいる血統馬。林師の期待は当然高かった。
「馬体は雄大で伸びがありましたし、素晴らしい馬でした。ただ当初は緩さもあって、成長してからかなというところもあって。牧場さんでも距離はあった方が良さそうということで、2歳秋までじっくり乗り込んでいただいたので体力はありました。この子の成長曲線に関してはオーナーさまもご理解くださり、牧場さんが凄い的確なジャッジをしてくださりました」
父アドマイヤマーズは19年香港マイルなどマイルG13勝。インスパイアは父の種牡馬としての第1世代で未知の面も多かったが、育成牧場との連携を図ることで把握に努めた。デビューを急がず、焦らずじっくり。徐々に実を結ぼうとしていた。デビューは3歳を迎えた25年1月、中山2000メートル。3~4角で後退しかけたが盛り返して6着だった。「まだ緩さがあって、俊敏に動き切れなかったという感じでしたけど。成長を経て緩さも解消して、徐々に内容も良くなるだろうと思っていました」。
【大飛躍】4戦目の25年7月、函館に転戦(芝2000メートル)。待望の初白星は5馬身差圧勝だった。「(当日は)福島にいたんですけど、想像以上に強い勝ち方でした」。続く昇級初戦の中山1勝クラス(同)は中団から楽に進出して一気。
「よくここから差し切ったな。このペースで…という感じ。その時点では後ろに緩さがありました。クラスが上がれば上がるほど周りも強くなるじゃないですか。気性は素直でコントロール性は高い。ただ、この子の地脚の強さを生かすのであれば、もっと距離があった方がいいのかな」
師走の再び中山。2500メートルに延ばして2連勝。函館Vから半年間で気がつけば4連勝を飾った。「血統的な部分もあって、さすがに2500メートルとなると、悩んだところはあったんですけど、丹内ジョッキーが“この子は全然2500メートルいけます”と。そこを含め、丹内ジョッキーさまさまなんです」と賛辞を惜しまない。
明けて4歳、充電を図って挑んだ、前2走と同舞台の日経賞は2着。「一息入れて精神面ではリフレッシュできたんですが、気合乗りなど良くなる余地は残していました。勝ち馬は強過ぎましたけど、その中ではいい競馬はできたと思っています」。
連勝は止まったが、鞍上とのコンタクトで一致した距離適性が、快進撃の原動力になった。
【挑戦の意義】日経賞後は山元トレセンでリフレッシュを図った。
「天皇賞も一つの選択肢でしたが、結構続戦しました。山元さんに移動したらちょっと疲れを見せたということなので、無理せず先のある馬ですので…。宝塚記念に切り替えました」
名だたるG1馬が集まった上半期の総決戦。目を輝かせて話した。
「優勝賞金5億円でもおかしくないですよね。凄いメンバーです。楽な戦いでないのは重々承知していますけど、日経賞も強かったですし、本当に順調に来ています。まだまだ伸びしろはありますし、先々のことを考えると、ここで強い相手と一緒に走ることはいい経験になると思うんです」
林厩舎には22、23年安田記念などG1・3勝を挙げた名牝ソングラインが長らく厩舎を支えてきた。2歳夏のデビューから5歳秋まで地道にコツコツ。サウジやアメリカにも飛び立ち、勇猛果敢な挑戦を続けてきた。
「本当に何も分からなかった自分に、あの子はいろんなことを教えてくれました。感謝しても足りないですし、一生の財産です」
偉大な先輩の足跡を思い浮かべ、脳裏には当時の記憶が巡っていた。
「ソングラインも勝ち続けたままではなく、勝ったり負けたり。桜花賞(15着)は凄い不利もありましたけど、次のNHKマイルC(2着)につながった部分はあります。翌年(22年)もサウジ(1351ターフスプリント)で勝って、ヴィクトリアマイル(5着)で負け、そこでの敗戦が安田記念(1着)につながったんじゃないかと…。負けることもありましたけど、それを糧に成長する。強い相手と競馬をすることは凄い貴重な経験になるんじゃないかと思います」
林師は夢の挑戦に心を躍らせていた。クラシックとは無縁だったミクニインスパイアのサクセスストーリーは、まだ第一章なのだ。
【取材後記】懇切丁寧に受け答えしてくれる林師に接し、どこまでも馬談議をしたいと常々思う。林厩舎の馬は馬券を買う時も応援しがいがあると思う。僕に膨大な資金があったら、馬を預けたい(現実は薄給で無理…)。
普段の調教で大切にしていること?を尋ねると「距離を乗ること」と返ってきた。「スピードや瞬発力は天性のものがあって(強化は)難しいかもしれないですけど」と分析した上で続けた。「乗り込むことでスタミナは鍛えられます。距離を乗ろうと思ったら落ち着いて走らせないといけない。燃費のいい走りを身につけることで馬が持っている力をもう少し伸ばしていけたら、上のクラスでも戦いやすいかなと思います」。
実際、林厩舎の馬は短距離より中距離→長距離と距離が延びるほど、成績は上がっている。ソングラインが5歳秋まで活躍したように、古馬まで長く活躍するのも特徴。「実際に乗るのはスタッフなので落ち着いて長く走らせてくれるのは凄くありがたいです」。林師は厩舎スタッフへの感謝も忘れなかった。地道に頑張っているミクニインスパイアは、林厩舎の象徴的な存在かもしれない。(小田 哲也)
◇林 徹(はやし・とおる)1979年(昭54)4月4日生まれ、兵庫県出身の47歳。開成高→東大医学部看護学科卒。06年4月JRA競馬学校厩務員課程入学。同年10月に美浦・本間忍厩舎で厩務員となる。加藤和宏厩舎、田子冬樹厩舎、矢野英一厩舎で調教助手。17年に調教師試験に合格、18年3月に開業した。同年7月1日の函館競馬9RのクレッシェンドラヴでJRA初白星(初出走から51戦目)。同馬による19年11月福島記念で重賞初制覇。22年の安田記念(ソングライン)でG1初制覇。23年度優秀厩舎賞(関東)3位。JRA通算1825戦166勝(重賞8勝)。