G2・京都新聞杯は長い間、秋の菊花賞トライアルとして親しまれてきました。2000年のミレニアムに現行時期に移設されダービー最終便の位置付けにポジショニングし直されてからは、アグネスフライト、キズナ、ロジャーバローズなど世代の頂点に君臨した優駿を生み出して来ました。今年は「桶狭間決戦」となりました。果たして信長の故事に倣(なら)うように桶狭間の地から天下統一を成し遂げるヒーローは現れるのでしょうか?

 

桶狭間から天下を布武した前例としては、86年まで中京の名物レースとして人気を博したG3・きさらぎ賞まで半世紀以上も遡らねばなりません。新潟はまだ交通事情が悪く、関西エリアでは唯一の左回りコースでしたから、東上前の一叩きに最適と考えられていたからです。68年のタニノハローモアのダービー制圧を皮切りに、70年代のタニノムーティエとヒカルイマイは二冠を奪取しました。ちなみに今年のきさらぎ賞は34年ぶりの中京開催でした。勝ったラーゴム、2着のヨーホーレイクが“桶狭間組”の野望に燃えています。

 

さて、京都新聞杯を快勝したレッドジェネシスですが、この日はこの馬なりにスムーズに発馬を決めると、川田将雅騎手の冷静沈着な誘導で外枠から内ラチ沿いへと進路を確保し、気持ち良さそうに自分のペースで後方から追走します。4コーナー手前からも馬群を縫うようにロスなく前との差を詰めて行きました。11頭立てというスリムな出馬頭数が幸いしたこともあったのでしょうが、この省エネ走法がゴール前の一伸びを生んだのかもしれません。

 

直線は同じ友道康夫厩舎の僚馬ルペルカーリアが先にスパートし、ジェネシスはいったんは逆転の夢が遠のく位置に突き放されますが、川田騎手とジェネシスは慌てず騒がず一完歩一完歩ジワジワと迫り、ゴール前でグイッと有無を言わせずネジ伏せます。スパッと切れる見た目にも派手なパフォーマンスではありませんが、良い脚を持続して長く使え、お終いまで隙を見せない生まれついてのステイヤーなのでしょう。おそらく2000mではまだ短く、東京コースは相変わらず“府中ハイウェイ”状態が続き、2400mであってもスピードと瞬発力が要求される過酷なコンディションですから、ジェネシスに楽な競馬はさせてくれないでしょう。

 

確かに完成度の高さでは王道路線を歩んできた人気馬に一歩譲りますが、とは言え成長力では奥を見せていません。ご承知のように、父ディープインパクトと母父ストームキャットの配合は、もはや“伝説”を超えて“神話”領域に達するニックスとして語り伝えられており、G1馬を次々と輩出し年を追うごとに成長性を発揮し始めています。最近もラヴズオンリーユーが香港のG1・クイーンエリザベス2世Cで圧倒的な存在感をアピールするなど、世界に広く認められました。レッドジェネシスが“桶狭間”からどこまで行くのか、楽しみでなりません。