ギリギリまで引き絞られた剛弓から放たれた矢のように直線を伸びたレッドルゼルが日本ファンをドキドキさせたG1・ドバイゴールデンシャヒーンを、106倍の最低人気(日本発売分オッズ)ながら鮮やかにトラックレコードで逃げ切ったアメリカ調教馬ゼンデンは気の毒なことになりました。歓喜のゴール直後に絶望のアクシデントが待っているとは不憫でなりません。ルゼルにはリベンジの機会が永遠に失われてしまいましたが、偉大なライバルのご冥福を心から祈るばかりです。

 

長い間、日本スプリント界は世界に全く歯が立たない状況に悔しい想いを噛み締めてきました。しかし芝のレースでは、天才馬(競走馬としても種牡馬としても)ロードカナロアの出現によって世界レベルのG1・香港スプリントを連覇、産駒のダノンスマッシュが父子制覇を成し遂げて世界に存在感を流布してくれました。一方、冴えない時代が長かったダートの分野では、今回も出走したマテラスカイが中東を舞台に再三の大駆けを演じ、ようやく一条の光明が差し始めています。

 

こうなると番組面の充実が何よりの強化策になりそうです。そもそもダートはレース数が限られており、中でもダートスプリント番組は見るも無残なほど手薄な状態になっています。JRA の場合、最高格付けはG1どころかG2ですらなく、暮れの中山のG3・カペラSが最高峰の現状です。リステッドは4月の京葉Sだけ。OPレースは点在していますが、在籍頭数に対して少な過ぎ、厳しい“狭き門”となっています。

 

地方も含めて俯瞰すると、唯一G1級に格付けされているJBCスプリントは、お手本にした“ダート大国”アメリカのブリーダーズカップ(BC)も同じなのですが、開催地が持ち回りであり、年々の開催競馬場によって1200m、1400mと施行条件が異なり、ときに1000mで行われた年もありました。地方競馬場は概ね小回りで、ワンターンの1200mでレース可能なのは大井と盛岡だけというのが現状です。他はほとんどがコーナー4つの1400mをスプリントレースの基幹距離に設定しているようです。仮に百歩譲って「持ち回り制」は容認しても、距離やコース形態など施行条件がコロコロ変わるようでは、G1レースの重みに欠ける印象は残ります。

 

ヨーロッパは芝メインで参考になるか微妙なのですが、スプリントレースは主に1000m・1200m・1400mと細分化され、それぞれ独立したジャンルとして確立され、そこへのステップレースとして1100m・1300mなどの中間距離も充実しています。先立って亡くなった世界屈指のオーナーブリーダーであるハムダン殿下の愛馬バターシュは、近年最強のスプリンターの呼び声も高い名馬ですが、出走レースはロイヤルアスコット名物G1・キングススタンドSを筆頭に5ハロン≒1000mにほぼ限定されていました。潤沢なレース数と緻密なカテゴリー分け、厳密で権威あるグレード制の確立が、名馬誕生に必要不可欠な布石です。レッドルゼルを急先鋒に、世界に殴り込みをかけるための絶対条件だと思います。