この前の東京オリンピックが開催された1964年に戦後初となる

三冠達成の金字塔を打ち立てたシンザンは、翌年の有馬記念の

劇的な勝利を花道に引退します。生涯通算19戦15勝2着4回と、

馬券でファンに一度も迷惑をかけなかった名馬中の名馬です。

この偉業を讃えて、誰が呼ぶともなく「神讃」の美称が広まり

1967年には「シンザン記念」が京都競馬場で創設されてます。

このレースからシンザンを超えるような名馬が誕生してほしい

という願いが秘められていたのは想像に難くありません。

 

願いは早々と叶い、第2回に1番人気で6着に敗れたマーチスが

立て直されて皐月賞を勝ち、タケシバオー、アサカオーと並び

「三強」の一角を形成します。競馬マスコミで頻繁に使われる

言葉ですが、この世代の「三強」が初代だと言われています。

しかし「三強」がダービーでは大波乱を呼ぶことになります。

1枠1番をゲットしたシンザン記念3着馬のタニノハローモアが

捨て身の大逃げを打ち、三強が牽制し合う中をアレヨアレヨと

5馬身の大差をつけて三強を完封してしまったのです。

 

第5回の4着馬ヒカルイマイは、出自が今では希少となっている

サラ系ゆえに苦労も多かった馬ですが、徐々に力を付けて行き

電光石火の差し脚で後方一気に皐月賞とダービーをぶっこ抜き

遂にシンザンに並ぶ馬が出たとファンを狂喜させたものです。

しかし走る馬の宿命か屈腱炎を患い菊花賞寸前に引退します。

ところが神はシンザン記念を見捨てませんでした。

 

シンザン記念で7着と大敗、クラシックも見せ場するなかった

ニホンピロムーテーが天才福永洋一騎手と大博打を打ちます。

2週目2コーナー、3000mの半分行ったか行かないかの地点で

先頭に立ち、坂の下りからあり得ない超ロングスパートに出て

押し切ります。結果的にこの年はシンザン記念出走組が三冠の

すべてを制覇したことになります。サラブレッドは進化を続け

騎乗技術も進歩しているのでしょうが、昔の競馬の味わい深い

面白さというのも、忘れてはならない大切さがあります。

さてタイトルに借りた2011年、遂にシンザンに記念から単独で

正真正銘の三冠馬が誕生します。この続きは明日に。