ストーブリーグ

プロ野球のドラフト会議が開催されるなどスポーツ各界では、しばしストーブリーグの火が燃え上がります。ヨーロッパのトップマイラーとして活躍を続けて来たポエティックフレアが、社台スタリオンステーションにまだ3歳の若さで種牡馬入りする運びとなったようです。3歳3月デビューと日本では考えられない仕上がりの早さですが父ドーンアプローチも同じでしたから、そういう血統であり、厩舎の方針なのでしょう。アイルランドの名匠ジム・ボルジャー調教師が、自ら生産に携わり、ボルジャー夫人が馬主として所有、管理調教は無論ボルジャー師ご自身で、厩務員のルーティンすら人任せにしなかったほど一頭一頭を丹精込めて手づくりしたサラブレッドたちで、中でもポエティックから父ドーンアプローチ、祖父ニューアプローチに遡るファミリーは、その“ボルジャー・ブランド”を刻印された逸品中の逸品と世界のホースマンから高い評価を集めています。

これら“ボルジャー・ブランド”のサラブレッドたちは、おおむね仕上がり早く2歳時は連戦連勝の早熟馬が多いのですが、ポエティックは前出のデビュー戦と半年余りの休養を挟んだG1デューハーストS、そこから連闘で挑んだG3キラヴランSの3戦のみ。成長を促しクラシックに備えたのでしょう。ボルジャー師の“果報は寝て待て”作戦は年が明けると見事に果実を結び、英仏愛と3カ国の2000ギニーを梯子して、①⑥②着と期待を上回る成果を上げ、ロイヤルアスコットのG1セントジェームズパレスSを圧勝して、ヨーロッパ3歳チャンピオンマイラーに君臨します。その後は古馬混合の最高峰レースのサセックスS、ジャックルマロワ賞に挑みますが、いずれも2着と悔し涙を流します。非常にクレバー(賢い)なレースをする馬で、傑出したスピードで先行するのですが、ゴール前にもう一脚残しており、常に目標にされる不利を跳ね除けて勝負強い競馬ができます。レース毎に成長の跡が見て取れ、一介の早熟馬とは言えない奥行きを感じさせます。

もともとボルジャー師は、エイダン・オブライエン師がクールモアの専属調教師を引き受けるにあたって弟子入りしていた縁もあってか、以後も厩舎の垣根を越えた交流が続いていたようです。ガリレオとデインヒル牝馬の黄金配合は、ボルジャーファミリーの生産・所有・調教によるガリレオ第2世代のテオフィロが06年のデビューからいきなり5戦5勝と大成功し、それを見て07年にジュドモントファームのデインヒル牝馬カインドとガリレオの交配の結果、生まれて来たのが14戦14勝の怪物フランケルです。ボルジャー師のチャレンジ精神あふれる“血統の冒険”なしには、大種牡馬ガリレオの成功の形も違ったものになっていたのかもしれません。クールモアがボルジャー師の“冒険”に尽きない感謝とともに、深い敬意と尊敬の念を捧げ続けているのは無論です。

さてガリレオ第3世代として生まれたニューアプローチは、テオフィロと全く同じローテーションで2歳時5戦5勝、翌年は父ガリレオにダービー初勝利を捧げます。しかし母はマイラー血統のパークエクスプレス、兄が高松宮記念を勝ったスプリンター・シンコウフォレストだけに、本質的なポテンシャルはマイルから2000m級にあったのでしょうか?ボルジャー師は凱旋門賞に見向きもせず、中距離路線に照準を定め、愛チャンピオンSで父ガリレオの無念を晴らすと、英チャンピオンSでは6馬身ちぎるレコード駆けで引退の花道を飾ります。引退後の活躍も素晴らしく、18年のダービーをもぎ取ったマサーは、ガリレオ、ニューアプローチに続いて父系3連覇の偉業を達成しています。

ドーンアプローチも2歳時を無敗で通過し2000ギニーまで無傷の7連勝で突き進みます。しかしボルジャー師はこの馬の配合にも一知恵巡らしていました。ノーザンダンサーの父でありスピードスターとして有名な二アークティックのクロスを仕込んだのです。この配合は、遺伝子学の大家でもあるボルジャー師によると「スプリンターの遺伝子」に変化したそうで、ダービーに1番人気で臨みながら最下位に大敗します。サドラーズウェルズからガリレオ、そしてニューアプローチ、ドーンアプローチへと時代を下るにつれ、輝かしい成功も悔いが残る失敗も含めてスピードを磨き上げて来たボルジャー師の到達点の一つがポエティックフレアなのかもしれません。祖先を遥かに超える日本適性を獲得しているのは間違いないでしょうね。
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