ジェンティルドンナや昨年のアーモンドアイなど歴史的名馬の
揺り籠として近年急速に評価を高めているシンザン記念ですが
そもそもは三冠馬シンザンの引退式の翌年創設されています。
日本競馬の悲願は、前の東京オリンピックの年に三冠を制した
この不世出の名馬を超えるサラブレッドを産み育て磨き上げる
ことでした。サラブレッドとしてはまだ成長途上であり未熟な
明け3歳のレースですから後のクラシック馬やG1馬が必ずしも
勝つとは限らないのが、このレースの特徴として定着します。

第2回68年の3着馬タニノハローモアは後にダービー馬に輝き
6着に敗れたマーチスが皐月賞を勝っています。71年はもっと
極端でシンザン記念で4着に敗れたヒカルイマイが後方一気の
追い込み策で皐月賞とダービーの二冠に輝くと、彼が屈腱炎で
引退した後の菊花賞は、シンザン記念では7着に惨敗していた
ニホンピロムーテーが天才騎手福永洋一の残り1600mで先頭に
立つ奇襲戦法が功を奏し、その年の三冠すべてをシンザン記念
出走馬で独占しています。この傾向は現在も受け継がれ05年に
好位を粘って掲示板の端っこ5着にやっと潜り込んだモーリスは
名マイラーにしてかつ名中距離馬へと、稀有な成長を成し遂げ
シンザンの遺伝子を後世へと引き継ぐ、輝ける1頭になります。

レッドデイヴィスが勝った11年は、2着だったオルフェーヴルが
遂に三冠を制覇してシンザンに続きます。3着のマルセリーナも
桜花賞を勝ちますから、歴代最高級の大豊作の年だったかも!
もしデイヴィスがクラシック出走権のないセン馬でなかったら
三冠の行方はどうなったか?今でも想像することがあります。
もっともデイヴィスは毎日杯連勝後に骨折して、クラシックに
晴れてゲートインすることは、結局は叶わなかったのですが。

この輝ける11年のシンザン記念で、1番人気に支持されたのは
ドナウブルーというディープインパクトの初年度牝駒でした。
歴史的豪華メンバーが揃っては5着も仕方がなかったのかも?
しかし全妹ジェンティルドンナが翌年姉の無念を晴らします。
今年は彼女がロードカナロアとの間に産んだ娘ドナウデルタが
母と同じく福永祐一騎手を乗せ、母と同じ6番ゼッケンを付けて
ゲートインします。前の東京オリンピックから55年、次の東京
オリンピックへ1年、母と妹、そして娘のシンザン記念の物語は
終わりない旅路のように続いていきます。それほどシンザンは
巨大で高く聳え立ち、簡単に超えられない存在なのでしょう!