トランプの、スペードとハートのジャックは真横を向いていて
片目はカードの向こうに隠されたまま。作家の寺山修司さんは
片目を失った競走馬を愛慕するエッセイ「片目のジャック」で
「もう一つの見えない方の片目で何を見ているのだろうか?」
と問い「あいていている目は現実しか見ないが潰れている目は
幻までも見るんだ」と答えます。哲学的で含蓄深い言葉です。

新聞報道などでご存じでしょうが繁殖名「リュズキナの2017」
という馬が海を渡りフランスに輸出されることになりました。
当クラブで募集馬にラインナップされ、父ディープインパクト
母父ストームキャットという血統からも注目を集めた馬です。
ところが右眼に角膜内皮炎を患い獣医師の見立てはJRAにより
「失明と診断される可能性が高い」という残酷なものでした。
ご承知のように日本の競馬の基準では、失明馬は競走馬登録が
できないルールになっておりレースに出ることもできません。
入厩後に失明した場合に限って平地競走のみに出走可能です。

「リュズキナ17」は、日本では競走馬になれない過酷な現実が
襲いかかり、クラブでは断腸の思いで募集中止を決断せざるを
得ませんでした。募集開始前に決断できたのは、不幸中の幸い
でしたが、期待をいただいた皆さまの落胆を思えば申し訳ない
思いで一杯です。しかし彼の血統価値や秘めるポテンシャルを
惜しんだノーザンファームの皆さんの一生懸命な奔走もあって
海の向こうに、競走馬としての道を見出すことができました。

かつて“独眼竜”政宗から連想したエイシンマサムネという馬が
失明と診断されアメリカに渡りデビューしたことがあります。
サンデーサイレンス産駒で全妹にチューリップ賞を逃げ切った
エイシンルーデンスがいる良血馬です。期待に違わずこの馬は
サンデーの血としては、初めて故郷に錦を飾る3勝をあげ現在は
海の向こうで種牡馬として活躍中です。戦国大名の覇者政宗の
威名を継承しただけに、見事な武者ぶりを発揮したものです。

「リュズキナ17」はシャンティイに広大なステーブルを構える
名門パスカル・バリー厩舎で競走馬としての調教を受けます。
バリー師は、今年の仏ダービーで父ディーインパクトに欧州の
ダービーをもたらした最初の馬スタディオブマンなど6頭もの
仏ダービー馬を輩出した、フランスきっての名伯楽です。師は
そもそもナタゴラという牝馬で日本に光を当ててくれた恩人!
ナタゴラの父ディバインライトはサンデーサイレンスの血統で
ヨーロッパ全土にSS旋風を巻き起こした先駆け的存在でした。

アイルランドの巨匠エイダン・オブライエン師が手塩にかけた
ディープ産駒サクソンウォリアーのインパクトも強烈でしたが
ディバインライトとバリー師が、残した遺業は不滅の金字塔!
ちなみにスタディオブマンは母父がストームキャットですから
「リュズキナ17」と同配合になります。バリー師は少なくとも
この血統を世界でもっとも良く理解している伯楽の一人です。
幸運にも、ありがたい厩舎に引き受けていただけたものです。
数々の栄光を手中にしてきたバリー師ですが、凱旋門賞だけは
惜しい2着はありましたが武運に恵まれず未だ勝っていません。
「リュズキナ17」の見えない片目には、偉大な名伯楽と世界を
駆ける父への、最高の贈物が映し出されているのでしょうか?