勇躍!レッドキングダムが花の中山大障害に臨みます。
これまで延べ136頭が栄光の座に上り詰めていますが、
思い出深いのは半世紀も前の馬ですがフジノオーでしょうか。
横山典弘騎手のお父さん故・横山富雄さんが騎乗して
1963年秋から65年春まで颯爽と大障害4連覇を果たした馬です。
この時期、新幹線が開通し、東京オリンピックが開催され、
競馬の世界では不世出の名馬シンザンが人気を博しました。
日本が一番元気で活気に満ち溢れていた時代でした。

 

しかしフジノオーはイケイケドンドンの威勢の良さではなく、
幾度もの失意を味わい悲哀を嘗め、その底から何度でも
立ち上がり栄光の頂きを極めた馬として記憶に残っています。
平地時代は18戦1勝とごく凡庸な下級馬に甘んじてきました。
走っても走っても、たまに掲示板に乗るのが精一杯の日々、
フジノオーにとっては辛い失意の連続だったことでしょう。
そんな或る日、試しに障害を飛ばしてみると、これが滅法巧い。
失意の平地下級馬は障害に新天地を求めることになります。

 

3戦目に勝ち上がり、地道に一歩一歩着実に階段を上がって
最初の大障害に挑戦しますが、あえなく落馬し前途は真っ暗。
いったん平地に戻りますが通用するはずもなく障害に逆戻り、
そこで大変な天才ハードラーに遭遇することになります。
平地時代はクラシックに駒を進めたほどのタカライジンです。
彼は平地の脚にモノを言わせ影も踏ませず敵をなぎ倒す快速で
入障以来、無傷の7連勝でフジノオーの前に悠然と現れます。

 

最初の対決は大障害前哨戦のオープンレースでした。
スピードで圧倒するタカライジンとは逆に平地の脚がない
フジノオーは後方からレースを進め障害のたびに差を詰めて、

気がつくと逆転するパターンを得意技としていましたが、
距離が短く障害の数が少なくその難易度も低いオープンでは
スピードについていけず4馬身ちぎられて3着に敗退します。
逆立ちしてもかなわないスピードぶりに再び失意が襲います。

 

8連勝を飾ったタカライジンを天才肌の佐々木小次郎とすれば、
地味な努力を重ねる無骨なフジノオーは武蔵のイメージです。
運命の巌流島の戦いは三度に渡って繰り広げられました。
結果はフジノオーの3戦3勝。難易度がアップする大障害では
武蔵フジノオーの技が小次郎タカライジンの速さに勝ります。
ライバルも最後のレースとなった落馬中止を除けば、障害では
実に27戦21勝2着6回とパーフェクトを誇る稀代の天才でした。
ライバルを失ったフジノオーは難なく大障害4連覇を達成、
天性の飛越上手を武器にもはや敵なしと思われた矢先でした。
思いがけない失意がフジノオーを待っていたのです。